親が子育てを学ぶ時代

「親が子育てを学ぶ」と聞くと、ちょっと抵抗したくなると思います。親は、本来、勉強なんかしなくても子育てができるはず、と思われるのではないでしょうか?
また、「勉強によって、子育てができるようになる、なんてあり得ない」と思われる方もいると思います。

では、こんな風に言い方を変えてみると、どうでしょうか?
育児ストレスに悩まされることなく、子育てを楽しむには、『子ども』について学び、子どもをもっと知ることが必要です。

私は、これからの世の中において、「健全な心と豊かな知性を持った子」を育てるためには、親は子育てについて、子どもについて、学ぶ必要があると思っています。
重要なのは、「子育て」や「子ども」について学ぶということです。
「子どもを天才に育てる方法」や「英語と日本語のバイリンガルの子どもの育て方」を学び、実践することとは違います。

子育てにおいて、母親は、どんな役割をしているのか?父親は?夫婦は?家族は?子どもは、何もできない赤ちゃん期から、どんな過程を経て、話すようになり、いろんなことを出来るようになるの?

改めて勉強なんてしなくても、社会の仕組みの中で自然と身についたり、まわりの人々が必要な役割を演じてくれて、子どもは、黙っていても「健全な心」と「豊かな知性」を育てることが出来た時代が、かつてはありました。社会学の分野において、江戸時代までは、確かにこのような子育て環境があったことが、伺われます。

たとえば、家父長制における父親の役割は、発達心理学における父性の役割を見事に演じています。「恐い父親」に対して、母親は「やさしい母親」であり、それが、母性の果たすべき役割を演ずるわけです。また、大家族におけるおばあちゃんや、近所のおばちゃん、兄弟姉妹などは、子育てを助ける役割を担っていました。それによって、母親は助けられていたので、育児ストレスなどという言葉も考えもありませんでした。

また、父親をはじめ、おじいちゃんや、近所のカミナリおやじは、社会性を教えていました。子育て知識においても、実践の中から、代々受け継がれてきた知恵として、おばあちゃんの知恵袋的なものや、近所のおばちゃんのアドバイスという形で、充分な情報が得られていました。

近年、核家族化とコミュニティのつながりがうすれる中で、こうした「社会がもともと持っていた子育て環境」が消滅しています。それとともに、代々受け継がれてきた知恵も、途切れてしまっています。

こうした現状を嘆いて、大家族や地域コミュニティの復権を目指すことよりも、私は、現代には現代の「子育て環境」を、模索するほうが現実的だと思っています。大家族に戻ることはできなくても、おじいちゃん、おばあちゃんを子育てに巻き込むことはできますし、昔ながらの地主や名士を頂点とする御家一門がベースの地域コミュニティの復権でなくても、育児サークルをはじめ、趣味や興味が同じ地元の仲間の集うサークルや、子ども会がコミュニティの役割をしてもいいと思います。じっさい、そのようにして、すばらしい子育て環境を形成している町は、たくさんあると思います。

ただし、こうした現代版の「子育て環境」においては、昔のように、自動的に、何も考えなくても、理想的な役割分担が出来るわけではありません。なぜかというと、登場人物が、昔と比べると、明らかに少ないからです。つまり、一人が何役もこなす必要があり、しかも、その役が担う役割を理解していることが必要になるからです。
「子育てを学ぶ」理由は、実はここにあります。

冒頭の問いかけ・・・
子育てにおいて、母親は、どんな役割をしているのか?父親は?夫婦は?家族は?子どもは、何もできない赤ちゃん期から、どんな過程を経て、話すようになり、いろんなことを出来るようになるの?

これらを理解した上で、現代版の子育て環境の中で、子どもを育てることで、子どもは、健全な心と豊かな知性を育むことができるのだと思います。こうした子どもは、情緒的に安定していて、他人に共感的で、想像力があって、問題解決力に長けて、論理構築力がある人間に成長します。そして、こうした子どもたちが、我々のあとに、次の時代を、立派に担っていってくれるのだと、私は信じています。

私は、こうした子どもを「Happy Child ! ハッピーチャイルド」と呼ぶことにしています。このとっても素敵な響きが、大好きです。次の時代を、「Happy Child ! ハッピーチャイルド」たちに託したいと思っています。

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