第12回育児セラピスト座談会 「これからのベビーマッサージの行方」
まずは、今回のテーマの背景をお話ししたあとで、座談会に入ろうと思います。
わたくしどもの「アタッチメント・ベビーマッサージ」が18年目をむかえました。いまの日本では成人です。そんな節目の年に、この講座カリキュラムを全面リニューアルしました。そのお披露目を、先日2024年10月19日に行われた全国大会スキルアップ講座として、取り行いました。今回のリニューアルは、“これまで”のベビーマッサージの振り返りをおこない、さらに“これから”の展望を描く機会とさせていただきました。
ベビーマッサージもアタッチメントも、一般に広く認知される世の中になった
“これまで”と“これから”を語る上で、わたしが注目したのは、「アタッチメント」と「ベビーマッサージ」という言葉の認知度の広がりです。18年前は、ベビーマッサージを知らない人の方が多かったですし、アタッチメントも同様でした。言葉くらいは聞いたことのある人も、その内容まではわかっていない人がほとんどでした。しかし今では、どちらの言葉も、子どもを生んだ親ならほとんどの人が知るものとなっていますし、これらに関する一般書籍も数多く出版されています。
知っちゃったことについて「“ちゃんと”知る」態度が重要
こうした流れの中で、親御さんの「子育てリテラシ-」も、高まっていることを感じます。18年前なら「お母さん(お父さん)が子育てを学ぶ」という概念はなかったと記憶しています。わたくしどもが、育児セラピストやアタッチメント・ベビーマッサージといった講座を始めたときに、お母さんやお父さんとして来る方は一人もおらず、保育士さん、看護師さん、助産師さん、お医者さんなどがほとんどでした。今となっては、子育てを学ぶために、これらの講座を受けるお母さんやお父さんが、たくさんいます。ただし、実態としては、こうしたお母さんやお父さんは、少々頭でっかちになっている傾向があると、個人的には思うところもあります。中には、「むしろ、その知識がない方が、子育てがラクかもね!」と言いたくなるようなケースもあります。そうは言っても、知っちゃったことを、知らなかったことにはできません。それなら、知っちゃったことについて、「“ちゃんと”知る」ことが大事な時代に入ったのだろうと思います。
さらに言えば、インターネットやSNS、書籍、テレビ番組などで、子育ての情報が氾濫している背景もあります。とくにインターネット上やSNSの情報は、玉石混交で、親を惑わすだけの情報も多く存在します。また、多くの人の関心を引くために、恣意的に情報が切り取られ、センセーショナルに語られ、バイアスがかかった情報もあります。こうした溢れかえる情報の波から、自分たちに必要な情報を取り、当てはまらない情報を捨て去るために、その根拠や基準となる知識がますます必要な時代となっています。
“これまで”のままの人と、“これから”に適応する人の二極化の時代最後に考えておきたいのが「二極化」の背景です。巷で良く語られるのは、貧困層と富裕層のような「収入(お金)の二極化」です。是とは別に、子育てにおいて注目すべき「二極化」があります。ひとつは、親のリテラシーの二極化です。リテラシーが高い低いということはこれまでもありました。是とは別に、最近はリテラシーの方向性が二極化してきていることを感じます。ひとつの極は、子育てにおいて「有能性」を重視します。もう一つの極は、「偏差値」を重視します。これによって、子育ての方針も教育の方向性も、またく変わってきます。さらに「生きる信念の二極化」にも、注目しています。ひとつの極は、「自ら考えて行動する人」と、対するもう一つの極は「まわりに委ねる人」です。これまで多くの日本人は、高度経済成長という大きな時代の流れに委ねてきました。しかし、人口減や円安が現実となった今は、「自ら考えて行動する人」が、社会で必要とされています。こうした時代の流れの中で、“これまで”の考えのままの人と、“これから”の考えに適応する人の間で、二極化が起こっています。世間では、非認知スキルが注目され、「自ら考えて行動する」ことを重視する価値観が広まっているものの、実際の子育てや保育、教育の現場では、どうも様子が違う。依然として“これまで”の考えのままの大人が圧倒的に多いように思います。
多様なベビマ・インストラクター3人のご紹介
このような背景を共有したうえで、座談会を始めようと思います。まずは、ご出演いただいた3人の方々の自己紹介から。
村木さんは、横浜市の職員を定年退職後に、保育士資格とベビーマッサージ資格を取得して、保育士になった方です。現在は、横浜市の子育て支援の取り組みとして、年6~8回くらいベビーマッサージ教室を開催するかたわら、ファミリーサポートや民生委員、障害児の相談専門員なども務められています。
篠崎さんは、看護師としてNICU(新生児集中治療室)勤務していたころ、残念ながら亡くなってしまう赤ちゃんに対して、お母さんが「自分は、なにもしてあげられなかった」という思いを抱いてしまうのを見て、「NICUの赤ちゃんに具体的にしてあげられる何かを提供できないか」という思いで、ベビーマッサージの資格を取ったそうです。いま現在は、保育園に併設の病児保育室に勤務し、園児たちと過ごす毎日です。
寺西さんは、兵庫県姫路市で月4回くらいのペースで、ベビーマッサージ教室を開いています。1回が5~10組で、月に40組くらいの親子と関わっています。前職では、特別支援学級の養護教諭をされており、発達に心配のある子どもの親御さんの会「凸凹お話会」も主宰されています。
最後に、わたしは、日本アタッチメント育児協会の代表をしております廣島大三です。以上の4名で、座談会を繰り広げていきます。
今回の座談会のトピックは、先日おこなわれた「アタッチメント・ベビーマッサージ」の全面リニューアル講座において、新しく追加された内容について、新たな発見や気づきや、現場感などを聞かせてください。
一つ目のトピックは「非認知スキル」についてです。
寺西さんは、日本アタッチメント育児協会の受講生向けに発行している会報誌をつねに熟読して、知識のアップデートをしているそうです。今回の非認知スキルについても、会報誌を読んで事前の知識があったので、すんなりと理解できたそうです。 村木さんは、講座のなかで、「体験」と「経験」は、違うという話が、発見だったと言います。これまでは、同じように使ってきましたが、ちゃんと区別して使おうと思ったそうです。
篠崎さんは、オーストラリアでベビーシッターをしていた経験があるそうですが、オーストラリアの子育ては、講座で言っていたような「体験」をすごく重視して、その子がやりたいことを大切にしていると感じたそうです。逆に日本の保育園のお母さんたちは、SNSの影響もあると思いますが、「こうでなきゃダメ」「うちもこうしなきゃ」と同調する思考が強いと感じると言います。
この「非認知スキル」は、冒頭で話をした「自ら考える人」とつながる話です。非認知スキルは、幼少期の6~7歳くらいまでに養われる能力です。これは、脳が大人になる前の、子どもの脳の時代に養う必要があるということです。その意味で、保育園時代はとても重要です。この時期の「体験」が、非常に重要です。これは、経験ではなく「体験」である必要があります。講座の中では、“エアレープニス”というドイツ語における「体験」を紹介しました。経験は、出来事そのものを表わすのに対して、体験は、人それぞれで違ったストーリーを有します。
非認知スキルの育ちを重視する場合、「体験」を重視することになります。そうすると、一斉保育・一斉教育という“これまで”の在り方は、変える必要があるということです。
子どもの特性を見極め、教育の投資先へ予算配分する
次のコンテンツとして新たに「教育投資」という概念が入ってきました。子どもの特性を考えたうえで、『わが子には、どういう教育を与えていくか』の方針を立て、それに対して予算配分をする、という考え方です。これは、非認知スキルの提唱者である経済学者ジェームズ・ヘックマンの考え方でもあります。
篠崎さんは、「こんな考え方をしている親御さんは、どれくらいいるのか?」と疑問を持ったそうです。親御さんを見ていると、「今」に精一杯過ぎて、先のことは考えられないのではないかと感じているそうです。
たしかに、篠崎さんの言うとおり、「教育投資」などと考える親御さんは、ごく少数にも満たないかもしれません。しかし、これからの世の中では、ますます重要になることは間違いありません。なぜなら、みんなで一緒に上がっていく時代は終わったからです。これからの教育は、子どもの特性に合わせて選んでいくことが必要とされます。まわりで“あたりまえ”とされる選択肢を選んで、それが子どもに合っていれば良いですが、そうでない場合、子どもの可能性を潰してしまいかねません。たとえば、発達凸凹ちゃんは、健常児にはない突出した能力を持っていますが、その分、圧倒的に出来ないことや苦手なことがあるため、選べる選択肢は狭まります。それが何なのか、どの分野なのかを見極めることが不可欠です。健常児は、なんでもソコソコに出来るのが特徴です。それなら、幼児期に分野を絞ってしまわずに、広く浅くどこへでも行けるようにするのが良いかもしれません。子どもひとりひとり、特性は違います。それを見極めて、教育方針を立て、予算配分をするのが教育投資です。
寺西さんは、世間の常識のようなものに惑わされないようにすることが重要だと言います。あるお母さんは、保育士をしていて、園がいろいろな習いごとをさせるのに反対していました。それなのに0歳から英語はやらせていて、ビデオ育児みたいになっていました。このお母さんも、英語は絶対に重要という常識に惑わされているように感じます。
村木さんは、お孫さんの育ちを目に前に、教育投資の考え方は、これから必要だと感じたそうです。お金が有り余っているわけではないので、予算を適切に配分する必要を感じるからです。というのも、これからは公教育だけでやっていくことが、現実的ではないと考えているそうです。その意味で、私学の選択肢も持とうと思うと、先の見通しを立てる必要を感じるそうです。また、親御さんも、他人任せにせずに、ちゃんと子どもを「観る」ということにもつながると思います。
小学校の勉強は、学校で完結して、残った時間と予算は「体験」に使う
たとえば「塾」。親御さんは。塾に行くのは“あたりまえ”で、なにも疑うことなく塾に教育予算を割きます。その年間支出は、決して少なくはありません。一方で、さきほど話をしていた「体験」も、教育予算です。本来、「塾」と「体験」は、教育投資として、同じ天秤にかけられるべきものです。しかし、実際にはそうはなっていません。
ところで、教育学としてみたとき、小学生に学習塾は必要ありません。学校だけで充分です。そもそも塾のビジネスモデルは、「塾に行かないと、学校の勉強についてゆけない」「良い学校に行くためには、塾に入らないと合格しない」という不安を煽ることで親の心配スイッチを入れた上で、こんどは「塾に行かせれば、学力の心配は解決しますよ!」というソリューションを提示する。塾に入れれば、不安がなくなるだけでなく、学力が約束される・・・ということですが、本当にそうでしょうか?少なくとも言えることは、小学校の勉強は、学校の授業だけで十分に修められるということです。一方で、塾に行くことは、遊ぶことと、時間の使いみちにおいてトレードオフです。ここでいう「遊ぶこと」というのは、「体験」そのものです。小学生は、たくさんの「体験」のもとに、「学習(教科書の勉強)」することで、「能力」が育ちます。特に小学校低学年の時期の「体験なき学習」は、能力の頭打ちを招きます。
ゴマアレルギーですが、セサミオイルは長年使っています
今日の最後のトピックは、子どもの「アトピーとアレルギー」の新コンテンツについてです。これについては、これまで多くの方から、疑問・質問・不安・懸念をいただいてきました。これについて、わたしは「基本的に心配いりませんよ」というスタンスですが、赤ちゃんに発疹ができる恐怖が独り歩きしているようです。そこで、ベビーマッサージ・インストラクターとして知っておくべき知識を、新カリキュラムではまとめました。
寺西さんは、ご自身がゴマアレルギーだったのが、最近検査をしてわかったそうです。これまでも、ゴマ豆腐や、おひたしにゴマがかかっているのも、反応がでていたそうです。ただし、調子が良いときは、なんともないこともあったそうです。そんな寺西さんは、7年前にアタッチメントベビーマッサージ資格を取って以来、ずっとご自身でもセサミオイルを使ってきましたが、一度も体の反応がでたことがなかったそうです。
その理由が、今回の講座で理解できたと言います。
「食物アレルギーを起こすのは、食物に含まれるタンパク質成分が原因であることがわかっています。セサミオイルは、そのタンパク質の成分が、精製の過程で除去されるので、アレルギー反応が出ることは少ない」
実際に、食用のゴマ油の成分表を見ると、タンパク質0gとなっています。セサミオイルは、食用油よりももっと精密な化粧品精製をおこなっています。これらはすべて、いまわかっている事実の積み重ねです。よく、「エビデンス」を欲しがる方がいますが、われわれは、アレルギーの研究者でも医療従事者でもありませんので、エビデンスの検証よりも、「事実の積み重ね」による検証の方が実用的なのです。
寺西さんの実例は、理論上はわかっていたことなのですが、こうして実例で知ることができたことは、とても大きな収穫でした。
小児科外来の専門職からも、パーフェクトな内容でした
さらに篠崎さんは、看護師として、小児科の外来でアレルギー専門医とともに臨床の現場に立ち会っていた経験もあるそうです。そんな篠崎さんからみて、今のお母さんは、どこからか情報を拾ってきて、過剰に心配してしまっていると感じるそうです。
「アレルギーは、ちゃんと説明しようとすると、膨大な話になってしまう上に、結局わかっていないことも多いのが実際のところです。今回、講座で20分くらいで先生が説明してくれた内容は、専門職としても、これだけ知っておけばパーフェクトな内容でした!」
今回、アレルギーの分野におられた専門職の方からも、こうして太鼓判がもらうことができたのは、みなさんの安心にもつながったのではないでしょうか?
ベビーマッサージ教室でのアレルギー対応まとめ
ここまでで、ゴマアレルギーに対する懸念は、セサミオイルにおいては、非常に少ないことがわかります。加えて、ベビーマッサージの前には、必ずパッチテストを行います。これは、アレルギー外来などで行う経口負荷試験と同じで、少量のオイルで反応をみるものなので、アレルギーがあった場合の事前のスクリーニングが可能になります。
村木さんは、これまでアレルギーの質問をされたことはなかったそうですが、今回この話を聞いて、引き出しにいれておくことで、安心感につながったとのことです。また、アトピーとアレルギーは別で考えるという視点は、これから伝えていこうと思ったそうです。 寺西さんも、実際にアレルギーが出たという話は、これまで経験がないそうですが、教室では、赤ちゃんの発疹やかぶれは、そもそもよくあることで、その時の体調によってでることもある、という旨を生徒さんに伝えることで、発疹に過剰反応しない空気を作っているそうです。これは、とても効果的だと思います。人は、知らないことが起こると不安になり、オロオロしたり、過剰反応したりします。逆に、事前に聞いていたことが起きたときは、落ち着いて対応できるものです。
もし発疹が起きても、多くの場合、しばらく様子を見ていれば治まります。その際に、「ゼーゼーとかヒューヒューというような呼吸器系の症状が出来ていないか」ということを確認しておけば、なお安心できます。
座談会に参加した感想
寺西さんは、いろんな立場の方たちとこうして学べることが、とてもよかったと言います。「同じベビーマッサージ・インストラクターといっても、看護師さんやセカンドライフの子育て支援など、いろんな立場で活動していらっしゃいます。そういう方たちとであるのは、日本アタッチメント育児協会ならではの特徴であり、他にはない良いところだと、改めて感じました。」
実際、寺西さんは、他の団体のインストラクターとも交流があるそうですが、どこも同じような立場や背景の人たちが集まるそうです。「日本アタッチメント育児協会では、職業の違う人、立場の違う人といっしょに学び、意見交換ができるのが、本当にありがたいし、勉強になります。ありがとうございました。」
篠崎さんも、ひとりで勉強するのではなく、今回いろんな職業の方と、コミュニケーションしながら、学ぶことができたのが良かったと言います。「このように同じ志をもった仲間が集う場というのは、大人になると、なかなかないので、ありがたかったです。自分のモティベーション維持にもなっています。(日本アタッチメント育児協会の)講座やイベントは、行くたびに、いろいろな人と出会うことができて、それぞれの専門の話を聞くことができて、本当に刺激をもらっています。もっと話したいと名残惜しい気持ちです」
村木さんは「こうして学んだことで、引き出しが増やせたり、親御さんが集まった時に話すネタになったり、また、こうして学んだことによって、これまでの経験を人に話すときに、より臨場感をもって、豊かに伝えることができます。今回、スキルアップの研修を受けて、その後この座談会に参加したことで、自分の話のグレードを上げられたと思っています。教室に来た方が、『イイ話が聞けたな』と思えるようにしたいと思います。」
廣島のまとめ
今回、「これからのベビーマッサージの行方」というテーマで、3人の仲間とともに話をしました。ベビーマッサージと言いながら、子育てすべてにわたった話となりました。キーワードは、“これまで”と“これから”。
「“これまで”をいかに捨てて、“これから”の世界に向かうか」
わたしたちは、「アタッチメント」を共有している以外は、職種も分野も立場も違います。そんな人たちが、同じものを学ぶなかで、それぞれの専門性や背景が、他の人の気づきや理解、刺激につながる。今回は、それを目の当たりにした気がします。
わたし自身、常にそういう場であり続けることを、これまで大切にしてきました。それは、わたしの密かな“こだわり”のようなものでした。そのことが、みなさんにも伝わっていて、それを価値として感じてくれていたことがわかったのは、とてもうれしい限りでした。これからも、いろいろ企画しますので、これをご視聴いただいている皆さんも、ぜひ積極的に参加してください!