第13回育児セラピスト全国大会in2022 シンポジウム「命よりこころ」
12年間にわたって伝えつづけてきた「命よりこころ」を、13年目の今年リニューアルしました。
じつは寺下謙三先生は、われわれ日本アタッチメント育児協会の“最初の共感者”です。2007年の協会設立当初、われわれのコンセプトである「子育てにおける親教育による心の病の予防的試み」に、医師の立場から真っ先にご賛同いただき、まだ理事がひとりも決まっていないときに、最初の理事を引き受けてくださいました。その後2009年、育児セラピスト1級の第一期講座のなかで、「命よりこころ」の特別講演をしていただきました。この時の録画映像が、これまで伝えられてきました。
12年の時を経ても、「命よりこころ」は、まったく色褪せることはありませんでした。それでも寺下先生は、いまの社会背景で「命よりこころ」をどのように伝えることができるのか、という命題に取り組んでくださいました。「これまでの集大成をつくる」思いで、今回取り組まれた「命よりこころ 2022」は、まさに渾身の内容でした。
「これは、すべての育児セラピストに聴いてもらいたい」
わたしは、そう思っています。そして、そのダイジェストを、ここでお伝えします。
講演は、ひとつの問いかけからスタートしました。
親として、究極の問いかけ
生まれた子どもに、どのような期待をしますか?
これは、親として子どもを育てる上で、何度も向き合わなければならない「究極の命題」です。健康、頭がよい、社会的地位、お金持ち、やさしい、親孝行・・・いろいろ考えた末にゆきつくのは・・・
幸せになってほしい
ということではないでしょうか。これに異を唱える人はいないでしょう。これについて、哲学の概念をもちいて、さらに深く掘ります。哲学とは、「それは何か?」と自問して、深く考えを巡らせること。では・・・
幸せとは?
子どもの幸せを構成する要素は、たくさんあるでしょう。そもそも親は、ただ赤ちゃんがかわいくて、愛着をもって撫でまわしたくなる。赤ちゃんは、そうされて幸せになる。言い換えれば、「アタッチメントを豊かに育む」。そのために、アタッチメント理論に基づいた行動をする。子どもの幸せは、そんな親心の先にあるものだ、と言えそうです。
だからこそ、子育ての第一責任者は、両親です。
思春期の心の病は、どこからやってくる?
一方で、思春期の子どもの心の病は、年々増加しています。不安定で気まぐれ、逆切れする、引きこもる、リストカットする、物を壊す・・・ これは、だれの責任でしょうか?
子どもの心の成長にもっとも影響を与えるのは、親です。親が子どもに「悪い思い込み」を植え付けてしまった結果と言えます。この「悪い思い込み」は、子どもの脳を混乱させることで形成されます。幼少期であればあるほど、この混乱の影響は大きいものです。脳が混乱すると、「不安」が生まれます。「不安」は、「恐怖」や「怒り」を生み、やがては「攻撃」に転じます。だから、親は、子どもの脳を混乱させてはいけません。
「よい思い込み」は、子どもを幸せにする
親が、子どもの脳を混乱させなければ、「よい思い込み」が形成され、子どもは幸せを感じることができます。近年話題の「非認知スキル」も、これにあたると言えるでしょう。
父親は強いものだ
母親はやさしいものだ
両親は仲良いものだ
悪いことをすると叱られるものだ
親はわたしを守ってくれるものだ
この「思い込み」を、心理学ではスキーマとか、自動思考と言ったりします。
子どもは、執着せずに、愛着して、よいスキーマをあたえて育てる
ここでもう一つ、親としての問いかけをしてみましょう。
子どもは誰のものか
“私が入手した土地は、家は誰のものか”、“私が買った歴史的名画は誰のものか”、“私が働いて得た給料は誰のものか”、“私が注文した料理は誰のものか”・・・これらの延長線上に、答えがあるのでしょうか。いいえ、この問いに絶対的な答えなどありません。しかし、すべてに通じる確かな事実が、ひとつだけあります。
執着すれば苦しい 愛着を持てば楽しい
親が子どもに執着すれば、子どもは苦しい。その苦しみは、子どもに「悪い思い込み(スキーマ)」を植え付けます。逆に、親が子どもに愛着すれば、子どもは楽しい。その楽しみは、「よい思い込み(スキーマ)」を生みます。
人格障害のスキーマとは?
人間の人格とは、その人が、「どんなスキーマをもっているか」です。
「規則に全部従うのは、愚か者だけだ」、「ナンバーワンでないと意味がない」、「私の行動によって、他人がどうなろうが、それは彼らの問題だ」、「私が望むことを手に入れるためには何でもするつもりだ」これらは、反社会性人格障害の典型的スキーマです。
「私は喜びや地位を得るのに失敗してはならない」、「私は誰よりも特別である」、「私は称賛されてしかるべきだ」「私の持っている以上のものを誰も持っているべきではない」これらは、自己愛人格障害の典型的スキーマです。これらは、苦しいスキーマと言えるでしょう。子育てにおいては、避けたいスキーマです。
育児の成功とは?
育児の成功とは?と聞かれても、模範解答などありません。あえて言うなら・・・
「心の底から子どもを好きになれること」でしょうか。「受験に失敗する子ども」、「友だちを裏切る子ども」どちらも親としては避けたいことですが、それでも、親が心の底から子どもを好きでいられれば、子育ては成功と言ってよいのではないでしょうか。
それを前提に、子どもたちへの願いを込めて・・・
かっこいい人間になってほしい
「かっこいい」は、「偉い」でも「有名な」でも「頭がいい」でも「お金持ち」でもありません。受験に失敗しても、奮起してまた立ち上がった子どもは「かっこいい」です。しかし、友だちを裏切る子どもは、かっこよくありません。そのことを反省して、二度と裏切らないと決めた子どもは「かっこいい」です。
勉強についても同じではないでしょうか。教育は、ある意味で良心的強制と言えます。だから、勉強させることは大事です。しかし、イヤイヤやらせては身につきません。 「作業興奮」という脳科学の理論があります。まずやってみる。このとき大事なのは、安心できる環境です。すると、集中力が生まれ、パフォーマンスが向上して、さらにやる気が生まれる。「やる気というものは、やれば生まれ、さらにやれば育つもの」だということです。
親は、最初のきっかけにだけコミットして、あとは安心できる環境をあたえれば十分です。それ以上に手や口を出しては、作業興奮が起きません。そのうち、子どもは、興味を抱くと、みずから作業興奮を起こして勉強するようになります。そうなった子どもは、「かっこいい」のです。
アリストテレスの教え
アリストテレス哲学のなかに、ニコマコス倫理学というのがあります。2000年も前に、人間にとって大切なことを、「3つの愛されるもの」として、まとめています。
善きもの
快適なもの
有用なもの
子育ては、
「もっとお金をかけるより、もっと気にかけて、もっと手間暇かけて」
が基本です。快適なもの、有用なものは、ある意味お金で買えますが、もっとも大切な“善きもの”は、お金をかければ得られるものではありません。気にかけて、手間暇をかけて、はじめて得られるものです。
アタッチメントは、まさにこれに当てはまるのではないでしょうか。
最後に、この絵をもって、締めくくりましょう。
アタッチメントは、「知識」と「愛情」の両輪で、はじめて成立します。それは、ピカソが15歳の時に描いた作品「Science and Charity(科学と慈愛)」を彷彿とさせます。