井桁 容子先生の基調講演
第3回を迎える、今回の育児セラピスト全国大会は、「小さな一歩が生み出す奇跡 ~ あなたの一歩をあの子のために ~」をテーマに掲げ、NHK「すくすく子育て」でお馴染みの井桁容子先生の講演で幕開けをしました。
井桁先生は、東京家政大学のナースリールームにおいて、0~3歳を対象とした「理想の保育」を実践されており、その現場からの様々な実例を交えて、保育のあり方、育児のあり方について、深い示唆をいただきました。
育児の専門家として、地域の子育てを盛り立て、支援していく私たち育児セラピストにとって、井桁先生のお話から学ばせていただいたことは、山ほどありました。 特に、大人あるいは保育者が、子どもの行動を如何に肯定的に観てあげられるか、その重要性を改めて考えさせられました。
実例で、ナースリールームの、ある子どもが、トイレットロールを転がして遊んでいる光景の写真が出ました。そして、先生は、「この子どもの行動を、あなたはどう解釈しますか?」と問いました。
これを、学びのプロセスと解釈出来るかどうかが、大人に問われています。子どもは、トイレットロールを散らかすために、このようなことをした訳ではないことは、冷静に考えれば誰にもわかります。
トイレットロールが転がることによって、筆で描いたように床一面にキレイな模様が出来上がる光景を「発見」したわけです。『たった一巻のトイレットロールで、このような世界を創ることができる』。この発見は、科学のめばえでもあり、想像力の広がりでもあるわけです。
子どもの行動をそのように「善く」解釈して、待ってあげて、その行動を認めてあげることによって、その子が持つ探究心や優しさ、几帳面さ、創造性に気付き、伸ばしてあげることが出来ます。それによって、子どもと保育士(あるいは親)のアタッチメント関係は、一層強固になります。
しかしながら、多くの保育現場では、こうした行動を反射的に、いたずらや問題行動と判断してしまいます。そのように「悪く」解釈してしまって、叱ってしまえば、子どもが行った創造的な営みは「悪い行為」として子どもの心に残ってしまいます。本当は、「スゴイよ!せんせい、みてみて!」と誇らしげな気持ちを持っていたのに、それが否定されて混乱するのです。そんなことを繰り返すうちに、子どもは、混乱を避けるために、心を閉ざすことで適応するようになります。そこにあるのは、不安定なアタッチメント関係です。
「善く観てあげる」ことと、「悪く観てしまう」こと、出てくる結果は天と地ほどの差があります。それは、すべて大人にかかっている。そのことを、井桁先生は、具体的な実例をもって教えてくれました。
また先生から、もう一つ印象的な問いかけがありました。
「ごめんね」→「いいよ」
「かして」→「いいよ」
「仲間にいれて」→「いいよ」
セットで使っていませんか?
これは、目からうろこでした。言われてみて「ハッ」としました。
確かに、セットで使ってしまっていませんか。でも、よく考えてみてください。子どもなら「やだよ」と言いたいときだってありますよね。「ごめんね」だけでは、気がおさまらない時、集中して遊んでいる最中だから、今は「かしたくない」時、二人の世界で遊んでいて「仲間をいれたくない」時、あるはずですよね。
いつでも「いいよ」じゃなくていいんだよ。自分の「やだ」の気持ちをわかってもらって、それを認めてもらって、そのことに満足して、はじめて心のスペースが出来て「いいよ」が出てくるものですよね。このプロセスこそが、相手を思いやり、相手に共感するに至るプロセスです。まずは、自分が認めてもらわなければ、相手のことを想うことは出来ないのが人間というものです。
「セットで使っていませんか?」本当に考えさせられる問いかけでした。
そして最後に先生は、1~3歳までに「いたずら」や「やだ」と言った数が多い子ほど、土台が安定した倒れにくい子どもに育つのです!と締め括られました。
この考え方は、非常に深く本質的なものだと感じます。「いたずら」や「やだ」を多く経験するためには、それを待ち、認め、理解してくれる大人の存在が必要不可欠です。そうでないと、「多く経験する」ことは出来ません。そうして育った子どもは、自己肯定感が強く、思いやりがあって、やさしく、想像力豊かな安定した子になります。
「いたずら」や「やだ」を否定される環境では、子どもは、すぐにいたずらもしなくなり、「いいよ」といつも言うようになります。それは、自己防衛本能によって、諦めているのです。その結果、「いたずら」や「やだ」を多く経験することは出来ません。そして大人は、こういう子どもを「良い子」と呼びます。本当は、土台が小さくて倒れそうな子なのに、「良い子」にされてしまいます。
「良い子」でなんか、いなくたっていいのです。
先生の講演の後に、交流会で振り返りのワークショップを行いました。多くの保育関係の参加者が、自らの保育を内省し、「明日から少しずつでも理想の保育者を目指していきたい。」と決意を新たにしていました。
それだけでなく、そのために出来る具体的な行動として、【安易に叱ったり、子どもの行動を止めてしまったりしないで、まずは待って「善く観てあげる」ようにする】というように、具体的な行動目標にまで落とし込んでくれている方が、何人も見られました。
本当に素晴らしい講演でした。井桁容子先生、ありがとうございました。