第13回育児セラピスト全国大会in2022
全面リニューアル・育児セラピスト1級(後期課程)
今年の全国大会スキルアップ講座は、全面リニューアルした「育児セラピスト1級(後期課程)」でした。内容だけでなく、講座の「設計」に関しても、新しい試みを取り入れています。対面講座とオンライン講座の受講生が、同じ場を共有して学び合えるハイブリッド開催にくわえて、今回はじめて動画視聴によるオンデマンド受講にも対応しました。これによって、空間だけでなく時間の制約からも解放され、まさに「いつでも、どこからでも」受講できるようになりました。
オンデマンドに、“学びのモチベーション”を与えるカギとは?
これを実現するためには、ひとつの課題をクリアする必要がありました。これまでわたしが、オンデマンドと通信に否定的な立場をとってきた所以でもあります。
それは、当協会の講座で一番大事にしている「人との出会い」がないことです。
動画視聴によるオンデマンドや通信は、当然のことながらライブではありません。講師とも受講生とも実際には出会うことはありません。過去のある回の映像と音声を聞くだけです。その後ろに出会いのストーリーは内包されていません。
これでは、理解が深まらないだけでなく、よほどの強い意志を持たない限り、観てもらうことさえ難しいのです。また、受講後の人と人との「つながり」も起きません。この問題をクリアしない限り、オンデマンドや通信の導入には踏み切れませんでした。
ふたを開けたら、オンデマンド受講のモチベーションは全開だった
今回は、ライブによる対面講座とオンライン講座を前提とした「設計」で、この問題をクリアしました。リニューアルされた科目である「発達心理学」と「アタッチメント理論」を1日目の「対面講座」か「オンライン講座」どちらかでライブ受講します。残りの「コフート自己心理学」「コミュニケーション学」「社会学」「母性父性」はオンライン講座で行いました。これに出られなかった人は、その動画を後日オンデマンド受講できるようにしました。
この設計なら、オンデマンド受講する方も、少なくとも1日目の「対面講座」か「オンライン講座」をライブで受講しています。そこで学びスイッチは入り、モチベーションが醸成されます。さらに、オンデマンド動画の中には、自分といっしょに1日目を受けた仲間の姿を観ることができます。すでに「出会いのストーリー」を持っているので、動画を観ることで、モチベーションをさらに上げることが出来ます。講師や受講生とのその後の「つながり」も期待できます。このような設計にすれば、動画視聴によるオンデマンドの受講スタイルが成立すると踏んだのです。
実際にやってみたわたしの感触は、今号の「はじめに」のなかで述べているとおりです。オンデマンド受講がはじまると、多くの方から「時間が足りません」「視聴期間の延長をお願いします」という声があがりました。そして、実際に延長すると、「何度も見て、学びを深めたいと思います」とのお声が寄せられました。これらの声は、わたしの中の “確かな手ごたえ”となりました。実際に観てくれているから、モチベーションが高まっているからこその声であったからです。
「100年前も、今日も、100年後も変わらないもの」をリニューアルする意味とは?
内容も受講スタイルもあたらしくなった「育児セラピスト1級」ですが、そろそろ内容の話に入りましょう。
本来、われわれ日本アタッチメント育児協会の講座内容は、「100年前も、今日も、100年後も変わらないもの」であることが原則です。しかし、それはリニューアルの必要がないということではありません。
時代背景とともに、社会や人の考え方、常識さえも変わるのが、われわれが生きている世の中です。本質的なことは変わらなくても、その伝え方や前提条件、事例などは、時代に合わせた方が、よりリアルに理解できます。そうやって学んだ知識やスキルこそ、より使えるものとして身につくものだと、わたしは考えます。だからこそ、われわれ「伝える側」は、時代の「変わり目」には、その都度対応していかねばなりません。
12年前の“あたりまえ”は、いまや、“あたりまえ”ではなくなっている
今回の「変わり目」は、2つあると考えています。
「育児知識の重要性が認識され、子育てを学ぶことが一般化したこと」
「アタッチメントが一般の人に認知されるようになったこと」
10年前はそうではありませんでした。われわれの講座に足を運ぶのは、保育士・看護師・助産師・子育て支援といった専門職の方が大半でした。そして、アタッチメントという言葉は、ほとんど通じませんでした。
いまは、多くの親が育児知識を得るために、子育てを勉強しています。われわれのような専門職向けの講座に来て学ぶ一般企業に勤める親も増えています。そのため、いまの親御さんは、アタッチメントをはじめ、発達心理学や教育学の専門用語をよく知っています。
こうして、なまじ言葉を知ってしまうと、そのことを理解したような気になってしまうことがあります。そうなると、本当に大事なことが伝わりません。「そんなの知ってるよ」で済まされてしまいます。それが、いま起こっていることです。
親は、専門用語や言葉ばかりを知りすぎてしまった
われわれ子育て支援は、こうした現状を認識したうえで、それを前提に親対応せねばなりません。多くの専門用語や学者の名前を知っていて、物知りだと自認する親御さんに、それら用語や学者の背景となる理論や、子育てにおける捉え方までを教える必要があります。そういう意味で、本当に難しい時代になっています。
変わり目の対応、ひとつめは「生涯発達」という概念
この「変わり目」に対応するために、「発達心理学」では、あらたに二人の学者とその理論を取り入れ、より深い“メタ認知”によって子どもの発達をとらえられるようにしました。“メタ認知”とは、自分の認知行動を俯瞰的な視点で捉えたり、複数の角度から捉えることによって、理解を深めたり、ものごとを正しく把握する思考のことを言います。
一つ目は、エリク・エリクソンの「ライフサイクル理論」です。このねらいは、「子どもの発達」を、「生涯発達」のプロセスのひとつとして捉えるためです。生涯発達とは、ひとは生涯にわたって発達し続ける存在ととらえるもので、近年注目されるリカレントやリスキリングなどにも対応する考え方です。
二つめは、いまや教育界で大注目の「非認知能力」
二つ目は、ジェームズ・ヘックマンの「非認知能力」です。近年、教育学の分野で注目されている概念で、社会情動的スキルとして、保育所保育指針にも掲げられています。非認知能力は、アタッチメントと深く関係しており、将来の頭の良さや幸せ度に関連することがわかってきています。この非認知能力の敏感期ともいえる就学前の幼児期の発達の理解を深め、幼児教育の可能性をひろげるものとして取り入れました。
アタッチメントは、より専門的に、より多様に
「アタッチメント理論」においては、よく勉強している親御さんが増えていることを受けて、育児セラピストを名乗る育児の専門家として、より専門性を深めた形になります。例えば、これまで「安定型」と「不安定型」としてシンプルにとらえてきたアタッチメントタイプについて、詳細に扱うようにしました。本来は、上の資格であるシニアマスターで扱っていた部分です。さらに、愛着障害に関しても、新たに章を立てて扱っています。
また近年のアタッチメント研究で注目されている「アロマザリング」も追加しました。共働き夫婦の子育てや、シングルの子育てを背景に、あたらしいアタッチメントの捉え方としてのアロマザリングを学び、それを子育て支援にどう活かせるのかについても扱っています。
これまでの集大成をつくる思いを込めた「命よりこころ」
さらに、寺下謙三先生の「命よりこころ」もリニューアルいたしました。今回のために、いまの社会背景において「命よりこころ」をどう伝えるかという視点から、まったく新しく講演内容を練り直してくださいました。寺下先生は、「これまでの集大成をつくる」思いで取り組まれただけあって、渾身の内容であったと、わたしも感じております。詳しくは、本号にてダイジェストをまとめておりますので、ぜひお読みください。
講師として登壇したわたしに起きた大きな発見、ひとつはメタ認知
今回のリニューアル版に登壇して、わたし自身にも発見がありました。ひとつは、わたしに起きた「メタ認知」です。とくに科目コンテンツを全面的に新しくした「発達心理学」と「アタッチメント理論」では、受講生だけでなく、講師のわたし自身にもより深いメタ認知が起きたのを実感しています。
例えば、これまでも幼児期の発達について、モンテッソーリを伝えながら、非認知能力の話も交えて伝えていました。しかし、今回ヘックマンを科目コンテンツに加えたことで、わたしの中に「意図」が生まれ、その意図は、他の科目とのつながりを生みました。その結果、アタッチメントと非認知能力の形成という文脈で、幼児期の発達を、より複層的に伝えることができました。まさに伝え方のメタ認知です。
愛着障害やアタッチメントタイプの詳述が加わったことで、よりリアルな現場の背景を前提にした講義ができました。さらに、発達心理学にエリクソンが加わったことで、「大人のアタッチメント」を伝える際に、「生涯発達」の概念をベースに伝えることができました。
もう一つの発見、それは「再受講の価値」
もう一つの発見は、「再受講」の価値を再発見できたことです。というのも、今回のスキルアップ講座は、既存講座のリニューアルだったので、じつは7割の方が再受講での参加でした。
これまでも再受講制度は存在してはいましたが、利用する人はそれほど多くいなかったので、わたし自身も本当の価値に気づいていませんでした。今回、再受講した方々の声を聞いて、ある発見がありました。
「今回、(既存のコンテンツの中にも)まるで新しいことを学んだときのような発見があった。」
「最初に受講してから、経験を経た今だからこそ、ようやく理解できた箇所が、いくつもあった」
「これまで、それぞれ別の理解をしていた内容が、一つにつながった感じがした」
なぜ、このようなことが、再受講された方々に起こったのか?
ひとつ目の理由は、「経験値」の違いです。学んだ知識を現場に持ち帰って、現場で経験を重ねる。そうすると、より高次の認知が生まれる。ピアジェの言うシェマの同化と調節です。(受けた方には通じるはず・・・)その経験をもって、以前受けた講座を再受講すると、“前回の私”には理解の及ばなかった次元での理解が、“今回の私”には起こる。まさに生涯発達です。
もうひとつの理由は、「人」と「場」の違いです。再受講では、講師も受講生も変わります。たとえ講師が同じだったとしても、前回と今回では、その講師は、時間軸において違う人なのです。人が変われば、「場」が変わります。これが、新たな学びのアプローチを作るのです。わたしが、講座に「人との出会い」を重視するのは、このためです。
現場で経験を積んだからこそ、学びにもどる意義がある
つまり、わたしのもう一つの発見とは、「再受講は、単なる再受講ではない」ということです。この“あたりまえ”を、これまで、わたしは見逃していました。そして、今回はじめて気づかされました。
そういえば、アタッチメント・アカデミアのコンセプトのひとつに「社会に出たから、学びにもどる意義がある」というのがあります。興味のある方は、アタッチメント・アカデミアのHPをご覧ください。このコンセプトは、ここで言っていることと同じです。
「再受講」は、すべての講座で可能なうえ、安価ですので、ぜひ検討されると良いと思います。現場で経験を積んだからこそ、学びにもどる意義があります。あたらしく理解できることがあります。発見できることがあります。
仲間がいるしあわせ、集う場があるしあわせ、そんな“あたりまえ”を再発見
今年の全国大会スキルアップ講座は、これからの新しい“講座のあり方”に道筋をつけるものとなりました。それと同時に、これまで“あたりまえ”と思っていたものの価値を再発見させてくれるものでもありました。
わたしは、コロナなど吹き飛ばす勢いで、いまワクワクしています。来年はアタッチメント・アカデミアを拠点に、新しい展開にチャレンジします!今回その道筋と見通しがたちました。これからの日本アタッチメント育児協会は、ますます皆さんとつながり、出会ってゆく所存です。
わたしたちには、対面の場がある。オンラインの場もある。それらをつなぐハイブリッドもある。これを前提にすれば、オンデマンドで時空をも超えられる。
そして、なにより、わたしたちには、仲間がいる。
何にも代えられない “つながり”がある。
そんな“あたりまえ”を再発見できました。
今年も、ありがとうございました。