「企業主導型」という保育園の新たなカタチ
「企業主導型」という
保育園の新たなカタチ
ご存知でしたでしょうか。沖縄の待機児童数は、東京に次いで2位だったということを。(厚生労働省/平成 30 年 10 月1日時点の待機児童の状況より)待機児童数でいえば、1位の東京は、2位の沖縄の3倍です。しかし、東京と沖縄では、人口の規模が全く違います。そこで、人口1000人当たりの待機児童数をみてみると、沖縄は、なんと東京の1.5倍の数になり、ダントツの1位ということになります。
今回は、そんな沖縄県南風原町(はえばるちょう)の保育園の事例をお伝えします。
イチから保育園を立ち上げることを決意するまで
沖縄初開催のアタッチメント・ベビーマッサージ講座を受講した谷まち子さんが園長をつとめる「ゆかぜ保育園」は、那覇市の中心から車で30分ほどの郊外、南風原町(はえばるちょう)にある園児20名ほどの企業主導型保育園です。
実は、この「ゆかぜ保育園」は、設立してまだ1年しか経っていない新設保育園。しかも、立ち上げたのは、保育とは無関係の青年と聞いて、私の興味は大きくそそられました。この青年というのは、実は、園長の谷さんの息子の正風さん。もともとは、書家であり、それを活かして出版社を立ち上げた起業家です。奥さんの由香さんは、なんとプロの写真家。そんな正風さんが、どういう経緯で保育園をイチから立ち上げることになったのでしょうか?
二人には、双子のお子さんがいます。出版社を立ち上げて間もないころ、夫婦で仕事をするために、子どもを保育園に入れようとしました。しかし、冒頭のとおり、沖縄は待機児童数2位、1000人あたりなら、東京の1.5倍で1位です。予想通り、なかなか保育園が見つかりません。もし、入れたとしても、双子ちゃんがバラバラになってしまうという状況。
「なぜ、双子がバラバラに保育されなくてはならないんだ!」
自分の子どもにふりかかった保育園がないという現実の中、ふと浮かんだのは「保育園がないなら、自ら作ることはできないか?」という発想。知人から企業主導型保育園のうわさを聞き、早速ネットで調べてみました。
正式名称は「企業主導型保育事業」といい、従業員の多様な働き方に応じた保育を提供する 企業等を支援するとともに、待機児童対策に貢献することを目的に、内閣府が平成28年に創 設した新しい制度です。その大きなメリットは、「運営費・施設整備費について、認可施設並みの助成が受けられる」ということ。
ちょうど正風さんが立ち上げた会社「由風出版」でも、子育てをしながら働いているスタッフがおり、近くに保育園が見つからないことに悩みを持っていました。この制度を活用して保育園を作ることができれば、自分もスタッフも安心して子どもを預けて働ける。双子がバラバラにされることもない。そう考えて、早速実現に向けて動いてみることにしました。
会社の新規事業として、スタッフの福利厚生として、地域貢献として、この事業はすべてを満たすかもしれない
実際に作ろうという段階になり、町役場に行くと、新制度ゆえ企業主導型保育事業の担当者などいるはずもなく、探り探りのスタートでした。制度についてはすべて文章を読み込むことからはじめ、皆で知恵を出し合って取り組んで行きました。困難ながらも、実現の可能性を感じたのは、この制度においては、施設整備費用の3/4を助成金で賄えて、なおかつ、運営費においても認定保育園なみの助成金が得られる点です。
助成金がおりるまでの持ち出しはあるものの、制度にそって開園できれば、十分に採算はとれるものでした。
思いを形にした「ゆかぜ保育園」の開園へ
場所も見つかり、工事の見通しもたち、あとは、スタッフ集めです。まず園長として白羽の矢をたてたのが、お母さんの谷まち子さん。無理を言ってお願いしたそうです。続けて保育士を募集して、なんとかスタッフはそろいました。そして、いよいよ開園。
できあがった園は、予想以上にスペックの高い園でした。というのも、正風さんは保育の素人。それが良い意味で、既成概念にとらわれない園作りになったのでしょう。
イラストレーターにデザインしてもらった看板
広々とした園内
例えば、「ゆかぜ保育園」は、病児保育室を備えており、看護師が常勤する体制をとっています。また、配膳室を完備して、栄養士の指導のもと調理師が、沖縄の食材をふんだんに取り入れた手作り給食を出しています。通常の小規模保育園で、ここまでの体制を整えるケースは少ないと思います。しかし「保育園のあたりまえ」を知らずに作った「ゆかぜ保育園」は、こんなところまで、しっかりと作りこまれています。
本格的な設備の調理室
病児後保育室
現状では、19人の子どもを預かっており、スタッフの子どもだけでなく、地域の子どもや提携企業先の子どもの保育を引き受けています。
保育園事業・・・これからの展望
現在、開園から1年が経ってみて、無事に助成金もおり、まだ持ち出しは少しあるものの、事業として軌道にのりはじめたところだ、と語る社長の正風さん。1年目で、若干の持ち出しを残して、採算に乗れば、新規事業としては優秀だと思います。
今後は、スタッフの補充や運営体制の安定化を図り、サービスの向上と、より働きがいのある職場にしていき、更なる地域需要に応えられるようにしていきたいそうです。(提携企業を増やしていったり、病児保育の受け入れを増やしていくことなど。)
また今後は、保育内容においても、沖縄の自然を十分に生かした、自然と戯れる保育を実現していきたいそうです。
「保育園事業は、収益だけが目的になってはいけません。スタッフの子ども、提携企業の子ども、地域の子どもが、小学校にあがるまでの安全で安心できる居場所であり、成長の場として機能しなくては、意味がありません。そうは言っても、収益を生まなければ、企業として続けていくことは出来ません。」社長の正風さんは、そう語ってくれました。
特殊な事例ではなく、保育事業は手の届く企業モデルになりうる
「ゆかぜ保育園」の事例は、企業主導型保育事業の制度を活用して、イチから保育園を立ち上げて、それを収益事業として軌道に乗せた先駆者的事例です。しかも、大企業によるものではなく、スタートアップの会社が、手の届く規模で、無理なく保育事業を始めたところに、私は注目しました。
保育園事業は、収益を追い求めれば、保育の質とのバランスが取れなくなることも多いです。しかし、「ゆかぜ保育園」のように、社長の思いがしっかりとしているケースでは、保育の質も高く、収益性も悪くない事業になりうることを教えてくれました。
実は、私も「いつか理想の保育園を作りたい!」と思っています。今回、正風さんの話を聞いて、私自身も大いに夢が膨らみました。
皆さんの中にも、小規模の保育園事業を考えておられる方、あるいは、企業主導型保育園を利用したり、そこで働く方がいるかと思います。そうした方たちの参考になるのではないかと思い、紹介させていただきました。
ご協力ありがとうございました。
ゆかぜ保育園さん(沖縄県)