今、社会に求められているアタッチメントの力

心療内科医の目で親子のアタッチメントを語る
(2013/2/25)

乳幼児期の安心体験が理性育む
健全な「愛着」関係 心身の成長の基盤

引きこもりや摂食障害など心の問題を抱えた若者が増えている。その根源を探ると幼少期の親子関係に問題があり、アタッチメント(愛着関係)が十分形成されていない例が多いという。心療内科医で、一般社団法人日本アタッチメント育児協会の顧問理事を務める寺下謙三・寺下医学事務所代表に親子のアタッチメント形成の重要性について聞いた。

寺下氏

寺下氏は心療内科医として、様々な心の問題を抱えた患者や家族に向き合ってきた。摂食障害、リストカット、引きこもりなどに苦しむ思春期の子どもたちの心の奥底を探ると「衝動を抑えられない」という共通点があるという。

「衝動を抑えられないというのは、理性が本能に負けてしまうということです。人間は『安心』を求める理性の動物で、安心体験を得て理性が育っていきます。ところが、本能が勝ちすぎると不安を理性で抑えきれず、心の病気になっていくのです」と寺下氏は語る。その安心体験は、理性が育っていく乳幼児期にこそ大事だという。

「赤ちゃんにとって、一番の安心体験はお母さんに抱かれている時です。肌と肌が触れ合う時に感じる触覚は安心の大きな要素ですが、触覚だけでなく、自分に向けられたお母さんのまなざし(視覚)、声(聴覚)、臭い(嗅覚)など五感で安心感を得ます。それによって親子のアタッチメントが形成されていくのです」

“スキーマ”と呼ばれる、人間が生きていく際に基本となる判断基準や信念の大部分は10歳頃までに形成される。特に3歳頃までは本能に近いスキーマの基本が形成される時期なので、無条件な安心を原体験しておくことが重要だ。その提供者に最もふさわしいのは母親だが、父親や保育士などが分担してもよい。そして、乳幼児期に十分なアタッチメントが形成されていると、安心して親から離れていける。

ベビーマッサージ

赤ちゃんと対話しながらマッサージすることで、アタッチメントが形成される

一方で、親が子どもの前で言い争ったり、育児放棄したりして十分な安心体験を得られずに育つと心が正常に発達せず、思春期になって様々な問題が噴き出してくるという。

最近注目されている境界型人格(パーソナリティ)障害は感情のコントロールができず、対人関係に障害が起こる病気だが、その原因は遺伝的内因と環境要因が複雑に絡み合った「親子間の心の距離感」にあることが多いという。その心の距離を埋めていく治療は、幼少期までさかのぼって行う。しかし、思春期、青年期になってからの治療は大変難しく、時間もかかる。

「ですから、乳幼児期に健全な親子関係を築いていくことはとても重要なのです。子どもが心身ともに健やかに成長するための基盤となるのは親との安定したアタッチメントの形成です。日本アタッチメント育児協会がアタッチメントの大切さを伝え、育児セラピストを養成して育児と家庭形成に役立てるための機会や情報を提供しているのはとても素晴らしいことです。より多くの人にこの活動を広げていってほしい。そして心の痛んだ子どもたちを作らない社会づくりに貢献していってほしいと思います」

人間が生きていくための心の土台/「アタッチメント」とは何?

廣島氏

みなさんは、「アタッチメント」という言葉を聞いたことがあるだろうか?私が(社)日本アタッチメント育児協会を設立した七年前は、ほとんど誰も知らなかった言葉だ。それが、二、三年前くらいから、保育士、看護師、助産師の方々を中心に注目を受けるようになった。そして、最近では、子育て中のママたちにも知られるようになってきた。

このアタッチメントという言葉は、もともとボウルビーという心理学者が、六十年代に提唱した概念で、直訳すれば「愛着」とか「絆」と訳される。何の目新しさもない、この心理学用語が、実はすごい力を秘めている。

アタッチメントは、一言で言うと「人間が生きていくため心の土台」と言える。コミュニケーション、他者への共感、学習機能、自信、自立といった要素を司る。豊かなアタッチメントのもとに育てば、豊かな子どもになるが、逆に不足すれば、非常に不安定な人格となる。

うつやかい離、ボーダー、神経症といった、心の病の多くは、その原因を幼少期の親子関係に見ることが出来るが、これこそまさにアタッチメント形成における問題と言える。近年では、精神医学の世界でも、この見解が着目され始めている。

そのように大事なアタッチメント形成であるが、乳幼児期について言えば、実はさほど難しいことではない。簡単なスキンシップや親子の対話が、アタッチメント形成を促すのである。みなさんもご存じのベビーマッサージや絵本の読み聞かせなども、アタッチメントの営みである。また、最近では、妊娠期からおなかの赤ちゃんとのアタッチメント形成を促すためのヨガ(マタニティヨガ)が注目されている。

一方で、アタッチメント形成が十分でないまま、年を重ねてしまった場合、年を重ねる程に状況は困難になることも事実である。乳幼児期のアタッチメント形成が不足したまま、思春期を迎えて、うつや不安といった症状に悩む中高生は、年々増加している。それが、リストカットや不登校、引きこもりといった社会問題を招いている。

こうした状況を直感的に感じ取り、それを憂えているのが、保育士、看護師、助産師といった親子に関わる専門職の方たちだった。つまり、乳幼児期の育児の最前線で、一組ごとの親子を継続的に、多数みている方たちだ。彼女たちは、問題を抱える親子は、感覚的にわかるのである。そうした親子が年々増えていくことに対する漠然とした憂えだったのである。それを説明し、解決することができるものとして、彼女たちが注目したのがアタッチメントだったのである。

「アタッチメントを学び、伝える」ことに共感し、当協会に集まったこれら専門職の方たちは、今や二千人を超える。そして、彼女たちの地元現場における努力によって、アタッチメントは今や、お母さんにも浸透し始めている。

本コラムでは、失われつつある「アタッチメント復興」の可能性を、各分野における実例を通して探っていきたいと思う。

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